スカート Single『海岸線再訪』
インタビュー

――新型コロナウイルス感染拡大以降、澤部くんはすごくナイーブになっていましたよね。コロナ禍の中にあっては、活動がままならなくなってしまったアーティストに限らず、全世界の人々がナイーブになっていると言えますが、澤部くんは具体的に「スランプだ」とも言ってました。もともとナイーブな性格だったからこそという部分もあると思いますが、そもそもなぜそんなにナイーブな性格になったんだと思いますか？

澤部 ：やっぱ太ってたからじゃないですかね。小さい頃は超明るくて大らかな人間でしたよ。でも、太っていることでからかわれるようになる分岐点があって。自分でも負い目みたいなものがあったんでしょうね。中学生になる頃には思春期と重なって、ほがらかではいられなくなっていったんだと思います。具体的に何かあったわけじゃなく、複合的なものなので自分でもわからないですけど……。ただ、母親からの影響は一番大きいんだろうなあ、よくも悪くも。吉田戦車の「伝染るんです」や藤子・F・不二雄の異色短編集が部屋に転がっていて。そういうところからちょっとずつちょっとずつ、健やかではいられない人間になってしまった（笑）。


――コロナ禍の中で何が具体的につらかったんですか？

澤部 ：2020年の3月に、シングル「駆ける / 標識の影・鉄塔の影」のプロモーションで方々を回ってたんですよ。最初の頃は「感染爆発しているときに東京にいなくていいのはラッキーだな」ぐらいに思っていたんですけど……福岡に滞在しているときに、志村けんさんが亡くなったというニュースが流れてきて。あれがひとつの境目だったかもしれないですね。そのとき知らない街にいる恐怖は大きかったかも。


――志村さんが引き金に。

澤部 ：いやあ、志村さんはけっこうデカかったですよ。志村さんのお笑いは世代的にも大きな影響はないですし、ドリフターズの音楽に触れて興味を持っていた程度ですけど……「あの志村さんが死んだ」というのは現実として大きかった。不思議なリアリティがあって。それまではどこか他人事で「なんかヤだなあ」ぐらいの気持ちでしたけど、あの日を境に気持ちが大きく変わりました。


――ちょうどスカートのデビュー10周年でもありましたし、スケジュールも大きく変わった？

澤部 ：いや、もともと「駆ける / 標識の影・鉄塔の影」を出したあとはしばらくお休みの予定だったんですよ。「アナザー・ストーリー」（2020年12月に発売されたデビュー10周年記念アルバム。自主制作時代の楽曲のリテイクバージョンを収録）を夏にリリースして、その後は次のアルバムのことをゆっくり考えようという話になっていたんです。2019年が働き詰めだったので、ちょっとリフレッシュしてその後のことを考えようと。夏に「アナザー・ストーリー」を出して、ツアーをやって、ひと月ふた月ゆっくりしたら年末にEPでも出して2021年につなげましょう！とか言っていたのがいろいろと狂っちゃって……1年半もゆっくりしてしまった（笑）。


――コロナ禍の話で言うと、つい最近、結婚という大きなトピックもありましたよね。結婚が澤部くんにもたらす変化は大きいですか？

澤部 ：ちょっとした変化ですよ。スーパーリアルな話ですけど、「この人を食わせていけるのか」という現実があって。それがなんとかなるかもしれないなーと最近ようやく思えてきて……という意味では大きい変化なのかもしれない。この沈みゆく船にもうひとつピンを乗せるべきなのか？みたいな不安がずっとあって（笑）。ミュージシャンなんてやってると、どうしたって僕が生まれたような平和な家庭にはならないじゃないですか。親父が9時5時で帰ってきて、たまに土産の寿司を買ってくるような。家庭とはなんぞや？みたいなことはずっと考えてましたね。


――そういう意味では、今結婚したのはミュージシャンとして生きる自信と覚悟がついたから、ということですよね。

澤部 ：そうです、そうです。このコロナ禍の状況でなんとかやれたんだったら、なんとかなるかもしれないなと。あとは税金の控除とか、本当にリアルな理由ですよ（笑）。


――婚姻届を提出するとか税金控除だとか、そういう「THE 社会」の中にいる感じはどうなんですか？

澤部 ：嫌ですよ！ 本当のところ、「コロナ禍だったら結婚式をしなくて済みそうだな」というのも今結婚した理由のひとつなんですよ（笑）。結婚について考えたとき、まず「ゼクシィ」を開いてみたんです。何もわからないから。


――「結婚 やり方」で検索してみたり（笑）。

澤部 ：そうそう（笑）。「結婚 書類 提出」とか。するとやっぱり「ゼクシィ」が出てくるんですよ。それで開いてみて「みんなこんなに祝ってほしいんだ……」と思ったら半年ぐらい動けなくて（笑）。前に友人の結婚式に呼ばれたときも、雰囲気にアテられちゃって。社会との折り合いがつかなくて、祝い方もわからなければ、祝われ方もわからない。幸い相手も同じタイプなんで、コロナ禍は逆にチャンス！と思ったんです（笑）。

――スカートはそもそもライブハウスをドサ回りするようなライブバンドではないものの、コロナ禍でここまでライブが日常からなくなってしまうと、その影響は大きかった？

澤部 ：大きな影響があるなんて思ってもいなかったんですよ。おっしゃる通り、スカートにとってライブはせいぜい月に何度かやる程度のものだったけど、それすらもハタと止まってしまうと、いろいろと狂ってしまって……しかも「やれるのか、やれないのか」みたいな不安定な状態が続くのも嫌だったんですよね。ライブにしろリハにしろ、自分にとっては「些細な日常」だと思っていたことが、急に特別なものに見えだしちゃったのが、本っ当に嫌で。ライブの行き帰りの電車や車の風景……なんでもないようなことが幸せだったと思う、じゃないですけど、そんなこと本気で思いたくないじゃないですか。些細な日常であってほしかった。深く考えずに生きていきたかったのに、すべてが妙にリアルに見えてきちゃって。


――そんなところでシリアスになりたくなかった。

澤部 ：そうそうそう。そういうことじゃないじゃないですか、暮らしって。それがすごく嫌だったんだよなあ。


――スカートの楽曲は、具体的ではないにせよ、その「暮らし」を表現していますよね。そこが狂ったことが、スランプにつながったのでしょうか。

澤部 ：そうだと思います。自分の曲はあくまでフィクションなんですよ。フィクションだと思っていたものが、反転して生々しく見えちゃって。


――日常SFを描いていたはずなのに、現実が侵食してきてしまったような。

澤部 ：そうなんですよ。そうなると、何を書いていいのかわからなくなって。「ODDTAXI」（2021年4〜6月放送のテレビアニメ「オッドタクシー」オープニングテーマ。スカートとPUNPEEによるコラボ曲）とか本当に苦労しましたもん。息も絶え絶えどうにか8小節のループを送って。それもPUNPEEさんに届く前に事務所でストップがかかってたみたいです（笑）。これじゃだめだということで。急いで別案を作ったら今度はうまくハマって、それで完成した感じでしたね。


――苦労は大きかったかもしれませんが、結果的に「ODDTAXI」はスカートの認知度を大きく広げましたよね。先日、澤部くんの結婚が報じられた際にも「『ODDTAXI』の人か」というコメントをSNS上で多く見かけました。

澤部 ：「誰だこいつ」というコメントが大量にある中で（笑）、「『ODDTAXI』の人か」とか「スピッツの口笛の人だ」「あのドラマ主題歌の曲の人か」というのがちょこちょこあって、やっぱりタイアップって大きいんだなと変なところで実感しましたね（笑）。曲がなかなかできないのは、本当にキツかったですよ。普段はギターを持てば何かしらのモチーフは出てくるんです。デタラメなものでも。それすらも出てこなくなってしまって……。


――ニューシングル「海岸線再訪」のリリースに際して寄せたコメントには、新しいギターを手に入れたことがスランプを脱する契機になったと書いていました。

澤部 ：新しいギターを買ったことと、ライブをやることを諦めたのが大きかったと思います。決まっていたライブがどんどん延期になって、中止になって……「来月ライブがあるけど、本当にやれるのかな」と常に考えているのが本当にしんどくて。去年の暮れから今年の頭ぐらいが本当にひどくて、ライブの予定が立て続けに崩れちゃったんですね。情報が表に出ることなく、出演が決まったけど中止になった、みたいなことも続いて。5月にやるはずだったライブが中止になったときに「もうやめましょう」と。やっても地獄、やらなくても地獄という状況の中で、僕ももう心が持たないです。ライブを入れるのはやめましょう、とスタッフに伝えてからは、すごく気分がすっきりしたんです。そうこうしているうちに、今回のシングルのタイアップの話が来始めたのかな。楽曲提供の話もあったり、気持ちが切り替わったのは「動き出さなきゃいけなかったから」というのも正直な話ですね。その中で「背を撃つ風」の制作を始めたんですけど、それが妙に楽しかったんですね。


――ライブを切り捨てて制作に没頭することで、取り戻すものがあったと。

澤部 ：はい。新しいギターを買って単純にギターを触る頻度も増えたというのもあったんでしょうけど、じゃあそれまでギターを持っても全然曲ができなかったあの時期はなんだったんだろう？と。


――「新しいギター」は具体的なきっかけではなく、答えのないモヤモヤを脱するうえで、形のない神頼みのようなものだった？

澤部 ：そうかもしれないですね。コロナ禍に入ってすぐは、大好きだったマンガも読めなくなったんです。「物語がキツい」みたいな時期があって、そのへんは少しずつ元に戻っていったんですけど、「曲を書く」という線だけプツンと切れたままだった。自分で切っちゃってたのかもしれないですけどね。こんな中で曲を作っていたら正気ではいられなくなるなと。

――「海岸線再訪」は本当に何かふっきれたような、軽やかでヌケのよい曲になりましたね。どうしても今のこの時代が反映されている部分はあるかと思いますが、「そう簡単にどうにかなるわけじゃない！」と力強く宣言しているような。

澤部 ：そうですね（笑）。


――「コロナ禍のスカート」として受け止められる内容である一方、ここで書かれていることはこれまでのスカートの楽曲と変わらない印象もあって。

澤部 ：そうなんですよ。書き終わったあとに「ちょっと今っぽすぎるな」と思ったんだけども、昔の歌詞と照らし合わせると、そんなに違いはないんだなって。難しい話なんですけど……コロナ禍が明けた頃にアルバムを作ったとして、コロナ禍の前に作った「駆ける」とかが入れにくい内容になるのは絶対に嫌なんです。だから、曲の中では何もなかったように振る舞わなくちゃいけない。それでこの「海岸線再訪」の歌詞が出てきたんで、自分でも最初は戸惑ったんですよ。でも、よくよく読み返してみると、まったくいつも通りだった（笑）。


――生きづらい人生には変わってないという。「それでも夜は来る」って、普通にポジティブな人なら「朝は来る」だよなあとか。

澤部 ：そうそうそう（笑）。たまたまどこかでチャンネルが今の時代に合っちゃってるんですけど、根幹はいつも通り。


――リリースに際してのコメントやラジオなどでもたびたび自信作だと言い切っていますけど、「いつもと変わらない」と感じつつも、自分の中で特別な手応えも感じている？

澤部 ：ポップスとしてよくできたというのがまず1つですね。最初はメロディがポップすぎるかなとも思ったんですけど、要所要所でちゃんとひねくれた、単なる大味な曲にはならなかった。大サビがよくできたというのは、自分の中で評価の高い部分ですね。コード進行がどうこうとかじゃない部分でうまくいったというか。頭で考えていることと肉体性がどっちもいいバランスで落とし込めたかなと。


――「海岸線再訪」はJBLのWeb CMソングに採用されていますが、クライアントからの要望も折り込まれている？

澤部 ：CMソングとはいえ、「この秒数でこういうカットがあって」みたいな細かい要望はなくて。歌詞についてはやっぱり1回ツッコまれましたけどね。「暗い」って（笑）。結局そのままでOKしてくれたんですよね。


――手応えのある楽曲を作れたことで、吹っ切れた部分もある？

澤部 ：吹っ切れたというよりは、ようやく慣れてきたかな？という感じですね。その安心感のほうが今は強いかな。


――シングル2曲目の「背を撃つ風」は、TBSドラマ「日本沈没―希望のひと―」のスピンオフであるParaviのオリジナルストーリー「最愛のひと 〜The other side of 日本沈没〜」のイメージソングですね。

澤部 ：これは本来「最終回で登場人物が歌う曲」という依頼で、オープニングでイメージソングとして毎週流れるはずじゃなかったんです。大地震で日本を離れた登場人物が、移住した海外で日本語で歌ってヒットする曲、という難しい発注で……自分に置き換えたパラレルワールドとして想像するならば、「遠い春」が爆売れした世界だなと（笑）。そういうイメージで書いた曲なんですよ。それをドラマ製作の方がすごく気に入ってくださって、本来なかったオープニングで使ってもらえることになったんです。


――この曲もやはり、決して明るい内容ではないですよね。スカートはメジャーデビュー以降、たくさんのタイアップ曲を歌っていますけど、どれも無理をしている感じがしないというか、スカートの作風そのままを受け入れられているような印象があります。

澤部 ：そうなんですよ。ありがたい話で。タイアップ曲だと何度もリテイクがあって疲弊しちゃうような話も聞きますけど、比べたらうちはなんとのほほんとやれているんだろうかと（笑）。


――替えの利かない個性がある、と認められているということなのではないでしょうか。

澤部 ：だといいんですけどねー。もっと大衆に響くといいんですけど（笑）。


――そして3曲目の「この夜に向け」は、「大きなサイズの店 フォーエル」のCMソングという、あまりに適材適所なタイアップで。

澤部 ：とんでもないことになりましたよ（笑）。これも曲は好き勝手にやらせてもらえましたね。


――スカートのスカートらしいいい曲がまた1つ増えた、という感じですよね。そしてこれも、やはり明るいわけではない（笑）。

澤部 ：こういう音楽をメジャーでやれているのは、ちょっとした奇跡だと思いますよ。ありがたいです本当に。煮え切らないし、音も派手じゃない……ありがたいし、恐ろしいですよ（笑）。

――明るくないし、明確な答えが見つかったわけではないんだけど、すっと前に進んでいける力を持っている、というのがこの3曲に共通するところでもあるし、図らずも「スカートらしさ」が如実に出た1枚という印象もあります。

澤部 ：そうですね。気持ち的にはミニアルバムを1枚作ったような実感があります。


――紆余曲折、モヤモヤを経てこの3曲が作れたことは、アーティストとしての自信につながるところもあるのかなと。

澤部 ：あります、あります。「もう曲は書けないかもしれないな」と思っていた時期もあったので。「まだ書きたいことがあったわ」と思えたことは本当に収穫ですよ。いろんなところで「30歳を越えるともうそんなに作りたいものなんてないよ」と半分冗談で言ってましたけど、半分は切実なことでもあって。でも、この3曲を書いて「まだまだ書けること、書きたいことはあるぞ」という気持ちになれたのはすごく大きいです。


――歌詞の描き方、サウンド感など「スカートらしさ」を構成するものを大きく変えてみたい、という欲求はありませんか？ 例えばスピッツやユニコーンが笹路正徳さんを迎えてより大衆に響くよう変化を加えたように、アレンジャーにサウンド面を一任したり。

澤部 ：昔は「絶対変えませんよ。うちは田舎の洋食屋なんで」ぐらいの気持ちでいたんですけど、PUNPEEさんとの「ODDTAXI」では自分の目線にはなかった作り方をするところがけっこうあって「こういうのも全然ありなんだな」と思いましたし、こだわらなくてもいい日が来るんだろうなという予感はありますね。


――ちょっと極端な作品を作ってみても面白いかも、と思うんですよね。さっきのスピッツやユニコーンもそうだし、サニーデイ・サービスが「若者たち」「東京」「愛と笑いの夜」「サニーデイ・サービス」と積み重ねてきたあとに「24時」を出したようなセンセーショナルがスカートに起きてもおかしくはないよなと。

澤部 ：そうですね。そういうことが起きても全然おかしくないなとは思ってます。たぶん次のアルバムまではこの感じで行くと思いますけど、その先はまた違うものが待っている気がしますね。急に「FUCK YOU音頭」になるかもしれないし（笑）。


――何よりも「曲を書けないかも」というところから、音楽を続けていく決心や野心が見えてよかったですよね。

澤部 ：学生の頃は「30過ぎてダメならやめよう」とぼんやり思っていたし、27歳、30歳、33歳を社会的に大きな壁だと勝手に思っていて……これで僕が長髪のミュージシャンなら、髪でも切ってスーツを着て、とか考えたんでしょうけど、僕には引っ込む田舎もなけりゃ切る長髪もなくて。このぼんやりとした人生をどう生きるか（笑）、というのはコロナ禍で強く考えました。「1も2もなくミュージシャンとして食っていきたい」という学生時代の思いは今叶っているし、あとは「年金や税金のことで泣かない」とか（笑）、社会的にうまくやっていけるようになりたいですね……。

音楽ナタリー編集部 臼杵成晃